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見逃すべき心のゆらぎ 

今日は会社の同期の面々と夕食。

前回行ったのは寮を出る数週間前だから、
本当に久しぶりだなぁという感じだった。
ついでに、前回同期とお酒を交えて騒いだのは、
もはやいつだったか思い出すこともできないw

急な仕事が多くて本来の仕事が進まず、体は少々お疲れ気味
(まぁ、引越先のベッドが硬く、疲れが抜けないのもあるけど)。
プライベートでもいろいろと思うところがあり、心労もたまり気味。
こんな風に、心身ともにやや疲れ気味であっても、
こういうところで楽しい時間を送ることにより、
また明日から頑張ろうという気持ちになれる。

秋葉原で大惨劇を起こして逮捕された男の言葉ではないが、
やっぱり結局は「人」なんだよなぁと思わずにはいられない。
私は生きているわけではなくて、
いろいろな人たちによって生かされているなぁ、ってね。
受身(≒ややネガティブ?)なニュアンスが全面的に出ているが、
それは決して誰も否定のできないものなのではないだろうか。
家族をはじめ、プライベートの友人、それと会社の同期、他の皆々様。
ホントに感謝してます。あざ~すw

以下、実験データの解析とか統計処理を行ったことのある人には、
すぐに納得してもらえると思うけれども;

短いタイムスケールで考えれば、
生きている以上は好調不調の波は誰にだって必ず出てくる。
でも、それも長いタイムスケールで考えることにより、
「何かどうでも良いことで思いつめてるなぁ」と思える程度のもの。
稀に突出したものもあるけれど、それもゆらぎのごとく消えるもの。

常に自分を客観的に見る事が必要。
という、この言葉はよく聞くけれど、私の頭のレベルでは理解できない
要は、自分のことも他人事のごとく軽く考えるいい加減さが、
大事なんだと言っているんだよね、きっと。

そんなことを考えた、本日の帰り道。

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