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「当然」の病 

健康である事、それは当たり前のことのようで実はものすごく幸せな事です。病気になったり怪我をしたりして「健康な身体」ではなくなった時とか、何か悲しい出来事に遭遇したり極度の精神的なストレスを受けたりして「健康な心」ではなくなった時になって、初めてその事を悟り、回復して初めて「健康である事」のありがたさをかみしめます。しかし、そんな気持ちもすぐに消え、間もなく「当たり前の事」に戻ってしまいます。
ある目的に向かう人の集まりに属している以上、その中の特定個人が他の人の為に時間を割いたりしなければならなくなります。それがどんなプロセスになるかはその時々です。身近な例でいえば、「大会運営の舵取り」や「普段出る大会のエントリー代行」であったりします。こういう人に対して、自分はこれまで一体どういう風に接してきただろうか。今日、そんなことを考え直させられる場面に出くわしました。
実際に振り返ってみると、残念ながら「いて当然、やって当然だから」という冷たい目で見ていたことが多いです。それ以前に、何も考えずに「当然」などという言葉が出てくる時点で、もはやそういう人たちに対する「感謝の心」が欠如しているんですね。彼らも好き好んで仕事をしているとは限りません。僕らが持つべき正しい感覚は、「やってもらっている」であることは明らかでしょう。そしてそれは、先輩・後輩のような上下関係は関係ありません。
「当然」の「特別さ」を改めて見直すこと。この文をここまで読んでくれた方、今一度見直してみてもいいのではないでしょうか。「当然の病」の兆候があるかもしれませんよ。

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