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頭のいい人・悪い人 

帰り道、そして家族団欒で近くの居酒屋で飲んでいた時に喋っていて思った事です。学歴社会を嫌う人間の発言です。あくまで私の尺度で見た話ですから、異論・反論もあるかもしれない。

私が思うに、頭のいい人ってのは、「ある出来事から生じる結果を考えることができ、それを万人に分かるように示せる人」だと思います。因果律を理解している人、とでも言えるのでしょうか。いや、ちょっと違うかな。。
型通りの『受験勉強』ができるかどうかは全く問題ではありません。ちょっとのことですぐに「化けの皮が剥がれてしまう」からです。大学に入っていなくても恐ろしいほど賢い人がいる反面、所謂『名門大学』の学生でもダメな人は少なくない。派遣のバイトをやっている中でいろんな人に出会ってきて、あるいは大学院の友人の過去の話を聞いていて、その中で感じたことです。
ゆとり教育がどうこうって話がこの頃議論されています。その根底には『理想的な状況設定』があるはずです。しかし、現実はそんなものはない。大学の教職の単位を取った学生とそうでない学生の間の差なんて、卒業するまでに取得した単位数の差にしかならないからです。教職科目を取ったところで、教師として、あるいは心的に幼い人間に正しい方向を指し示す案内人として、何か新しい境地に達することはないかと思います(少なくとも、私の周りに関してこの事は間違いない)。従って、『理想的な』先生はそうも簡単には現れないと思います。たとえ理想的な人間がいたところで、現場の負担がその人に集中してしまうことは目に見えていますが。
年金制度の話で『モデルケース』を考えた人って、ホントに頭が悪いと思います。最初の方に書いた文の「ある出来事」すらきちんと作ることができていませんからね。そして、偶然の一致はさておいて、間違った前提から導かれる結論が正しいはずがない。『どんな事象にもその原因・背景がある』ことが分かっていないのかも。Markov過程の現象と実世界の現象とを混同しているとかね。
いくら口が上手くても、いくら勉強ができても、ねぇ。。こういう「考える事」が嫌いな人が増えていることを思うと、我々人類も局所的には終末への一歩を踏み出した、という事だと思います。

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コメント

優秀さの定義

私が、付き合っていて、頭いいと思うのは、「緻密な状況把握をきちんと踏まえた上で、その土俵から外れることなく、話せる人」という感じです。軸から外れないで話せると言い換える事ができるかもしれません。軸がしっかり持っていないと、ただの雑談になって、聞く方はきちんとした理解はできかねます。

f-mさんが言う、
「ある出来事から生じる結果を考えることができ、それを万人に分かるように示せる人」

というのを

私は、「結果を予測するするために必要な理論の妥当性を把握している人」であると解釈しました。これを理解していれば結果について考える事ができる。先ほど私が述べた、「軸を持つ」というのも、f-mさんが考えている頭のいい人と共通するかと思います。

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